イケ忠の独り言“師 の 本 棚”

  • 2007年06月26日(火)


「孫子曰ワク、兵ハ国ノ大事。死生ノ地、存亡ノ道ナリ。察セザル可カラズ。」孫子の兵法〈始計〉の冒頭である。
 一つの集団の動向は、国〔例えば医局〕の大事であり、国の死活に関し、国家の存亡に関する。よくよく考えねばならない。孫子は、これらの状況判断の条件に、道、天、地、将、法、の五つを挙げている。
 道とは、兵が指導者と心を一つにし、死生をともにすることを躊躇わないようにする執り行いを指し、将とは、すなわち将軍の資質−能力・・・云々等を説いている。
 国を治める者の責任は多大である。部下の増悪と軽蔑がもたらしたローマ皇帝たちの非運(77年間に10人の皇帝が即位したが、終りを全うした者はわずか2人であったという)をみても、如何に集団を束ねるのが難解であるかがよく解る。
 もっとも将軍に「俺は幼稚園の園長ではないんだぞ!」などと言われるべきは、医局員一同ひれ伏して、後悔と反省の日々を過ごさざるを得ない。(小生が最も懺悔に値するかな・・・。 南無八幡〜 蓮根、空豆、菠薐草)。
 「無酔独言」 この書は、勝 海舟の親父の勝 小吉の自叙伝であり、ある時、師より賜ったものである。生涯不良で一貫した御家人くずれの武芸者が、老年に及んで自分の一生を振り返り、あまりに下らない生涯だから子々孫々の戒めの為に記したものである。
 この書の行間には不思議な妖気を放ちながら絶え間なく流れている‘何か’を感ずる。それは実に「いつでも死ねる」という確乎不抜、大胆不敵な魂なのであった。
 この親にして、海舟は幕末の嶮しい局面を乗り切る先見性と気力を培ったのか?
 何れの意味あいで師が、 「これを読め!」と諭されたのか、今だ解らず。小生の不徳の致すところではある。
 「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」 正保2年、かの宮本武蔵が熊本の霊厳洞で認めた《五輪書=水の巻》の一節である。
 外科医が己の技術に迷いを感じ、東西一流の技量と比較し更に、真摯に向上心を覚えた時、なんとも心強い言葉ではないか。
 武蔵の“二刀一流”の理念は、一般の手術は言うに及ばず特に、腹腔鏡下操作においては手術手技の“真髄”とも思われる。左手のタッチ、手首の返し、繊細さと大胆さは、限られた術野では手術の成否を左右すると言っても過言ではなかろう。
 この術式に取組んで、はや十四年と相成り、約3300例を経験させてもらったが、今だ、道は遥か彼方である・・・。 「登れば登る道ありけり」
 ざっと、このような書籍が、医学書に混じり乱雑にところ狭しと並んでいる教授室が、今、懐かしい・・・。
 医者になって27年、まだまだヤンチャな自身ではあるが、先達の戒めを守り、 “師の本棚”を思い出しながら、山中鹿之助の胸中で精進したいものである。

 2003年藤が丘外科助教授時代、とある院内報に掲載したものです。
 組織のあり方は、どの社会でも理想と現実のギャップは甚だしく、特にトップの退陣劇は、好むと好まざるにかかわらず、配下の部下の混乱を招くものです。

 Day Surgery

  • 2007年06月25日(月)



 2003年の340例(腹腔鏡手術&PPH)の術後在院日数の統計です。
 腹腔鏡手術に関しては、他施設で高度併存疾患(不整脈・高齢・開腹手術後etc.)の為、セカンドオピニオンで来院された方がほとんどです。
 この年より本格的にチーム医療の組織をつくり、日帰り手術に取り組みました。

 欧米では、ごく当たり前になっている包括医療(疾患別に一日で退院しても十日入院しても診療報酬は同額)が、日本ではまだ標準化していません。(特にクリニックでは認められていません。)

 日帰り手術は、医師の卓越した技術・経験ある看護師のケアーは言うに及ばず、手術を受ける患者様自身と、その家族の協力なくしては成り立ちません。
 将来的には、欧米並みに認められると思いますが、本邦ではまだ数年の歳月を要するでしょう。

 クリニカルパスの実際は、当日退院の場合、まず専門の麻酔医の関与・外科医の経験に基づく確実な手技(出血なく、短縮された手術時間・極小の創・創感染をおこさない処置etc.)などが重要な課題です。更に手術前後のケアーも、臨床経験豊富な看護師が術後の1時間〜退院までの5〜6時間の詳細なバイタルサインのチェックに全力を尽くす必要があるのです。

 患者様の一部の方は“日帰り手術”を“簡単な手術”と誤解されている向きもありますが、上記にしめしたごとく大変な労力を費やすものなのです。
 しかし、医療機器の進歩した今日、低侵襲の手術(体にやさしい外科手術)を習得し、早期社会復帰を手助けできることは、外科医として至上の喜びです。

小生は、これまでの全ての患者様に携帯番号をお知らせし、緊急事態に備え診療活動をしてまいりました。非常にストレスのかかるタフな医療ですが、大学での経験を基に、今後も実践していく所存です。